干立の旧盆・ソールアンガマ

 お盆は中国の仏教行事の盂蘭盆会と日本古来の祖先崇拝の風習が融合したもので、先祖供養の仏事として沖縄でも行われています。沖縄のお盆といえばエイサーを思い浮かべる方もいると思いますが、八重山にはエイサーという風習はありません。八重山ではお盆をソーロン(祖霊)と呼び、ソールアンガマを行ないます。アンガマといえば、家人とウシュマイ(翁)の珍問答が楽しい石垣島のアンガマが知られていますが、干立のアンガマは少々違います。


 ソーロンは太陰太陽暦(旧暦)の七月に行います。七月は一日(朔日・新月)に地獄の蓋が開き、十五日に蓋が閉じるソールチキ(お盆月)と呼ばれ、神行事はいっさい行いません。七夕には墓地に行き、草刈りや参道の整備・墓の清掃をしてお盆が近いことを報告します。十三日にあの世から帰ってくる先祖の霊を迎え、子孫ら家族と楽しく過ごします。干立では十五日(十五夜・満月)に各家庭で先祖を送り、十六日(十六夜月)にはソールムラングトゥ(お盆の集落作業)です。午前に龕屋(棺を運ぶ輿を納めた小屋)周辺の清掃を行い、午後は旗頭と銅鑼で集落を清めます。夜に公民館でトゥズミ(住民総出のアンガマ)を行い、全員前ぬ浜へ出て、全ての霊を送ります。


ソールムラングトゥの様子。龕屋の周囲を掃除中


 ソールアンガマは十三日から十五日の三日間、先祖の霊に扮した青年一行が仏壇のある家を訪問し、仏壇の前で歌や踊りを披露します。帰ってきた先祖の霊が子孫家族と楽しく過ごす時間を現実に創出することによって先祖供養をする行事です。日本各地で景気高揚策の一環として仕掛けられているハロウィンは、いわば西洋アンガマといったところです。

 夜になると三線と太鼓・サンピキ・ソンクに率いられたアンガマ一行が現れます。地謡に合わせてクバ扇を振り、裏声で合いの手を入れながら二列に並んでやってきます。笠と手拭いで顔を覆い、浴衣を身につけたアンガマたちは性別すら定かではありません。目的の家に着くと、三線と太鼓・サンピキ・ソンクは座敷に上がり、アンガマは庭に円を作って控えます。仏壇に線香をあげ、手を合わせてウヤピトゥ(御先祖)に挨拶を済ませると、ソールニンブチ(祖霊念仏節)が始まります。

 ソールニンブチは十三番まである長い歌です。今は亡き父母がいかに自分を大切に育てたかに気づき、悲しみに暮れ、感謝する歌です。ソールチキにだけ歌うことのできる歌で、干立にとって大切な歌です。



 ソールニンブチの主役は太鼓とサンピキです。太鼓は男性で、襦袢の上に浴衣をつけ、片袖を脱いで裾はからげます。サンピキは女性で、白のYシャツとカカン(下裳)に赤い帯を締めます。いずれも紫のティサージ(手巾)を被り、四股立ちからしっかり腰を落とし、歌に合わせて左右にゆっくり重心を移動させます。

 太鼓は両手にバチを持ち、左右にゆっくりと大きく腕を振りながら、交互に裏打ちで締太鼓を叩きます。全ての動きがあえて通常の打法を避けているかのようです。ウヤピトゥの前なので力任せではなく、厳かに叩かなければなりません。サンピキは四つ竹を持ち、腕をゆっくり開いたり交差させたりしながら鳴らします。見ればわかりますが、幽霊役なのに異様に負荷のかかる動きで、アスリートの筋力トレーニングのようです。ソールニンブチは一番から九番までを、ゆっくり15分ほどかけて歌います。熟練者でもいきなり15分間休むことなく、華麗に太鼓とサンピキを演じることはできません。干立青年部は七月に入るとすぐに練習を開始し、必要な筋力と技術を磨いて本番に備えます。

実際のソールニンブチの様子。太鼓とサンピキは対になっている

 ソールニンブチのもう一つの主役は、外に控えているアンガマたちです。ソールニンブチが始まると、アンガマたちは立ち上がり、両手をしなやかに振りながら踊りを始めます。裏声で賑やかに合いの手を入れたり囃子を入れながら盛り上げます。庭をできるだけ賑やかに盛り上げるのがアンガマの役割で、黙って踊っているだけでは「今年のアンガマは大人しいな!」と家の主に怒られます。誰でも踊れる簡単な踊りなので、アンガマに相応しい服装をしていれば、観光客も混ざることができます。逆にアンガマに相応しくない格好で見物している観光客の方はとても異物感があります。アンガマは見物するものではなく、先祖供養をするものです。敷地に入る方はそれなりの格好をし、ともに踊り裏声を出して盛り上げることが「礼儀」だと考えてください。

 ソールニンブチが九番まで終わると、ザービラキ(座開き)をしてから楽しい宴が始まります。干立口説などの所縁のある歌のほか、繁盛節やちょんちょんキジムナーといった演目などが行われます。曲がかかると庭のアンガマたちの中から腕に覚えのある者たちが座敷に上がり、踊りを披露します。家の人や帰省中の親類縁者も飛び入りで参加し、モーヤーで最高潮を迎えます。

 六調節が終わると宴も終わりです。アンガマたちも庭へ戻り、静かにソールニンブチの続きが始まります。十番から歌い始め、十三番を歌い終わると静かに退席します。来た時と同じように二列に並んで闇の中へと消えて行くのです。



 宴で歌われる歌は時代とともに変わります。もともと干立にはいなかったというウシュマイとウミー(媼)が近年は現れ、アンガマの代表として座敷に上がり、線香をあげたりザービラキをしたりするようになりました。しかしソールニンブチだけは変わりません。干立のアンガマはソールニンブチを届けに行っているといいます。この歌に触れることは、親子や親族の絆を確かめ、先立たれた先輩方からの教えを噛み締める時間です。以前は「お盆休みに田舎で線香あげるのは休暇がもったいない。どこか遊びに行ったほうがいいもんね」と考えていましたが、ソールアンガマに関わることで、人間形成にとって大切な行事だと実感しています。

 今年は新型コロナウィルスの影響で、ソールアンガマは実施できませんが、来年は中学生の長男に太鼓の指導をしたいと思っています。